時間は目に見えない
時間って目に見えないんですよね。だから、子どもの成長だったり、樹木の生育だったり、はたまた自身の老化だったり、目に見える、カラダで感じられる尺度で私たちは時間を「見て」いるんだろうなとおもいます。
時間をかけて木が育つと目の前の風景が変わる、その風景を見る私たちもまた変わっていく。だから一緒に木を植えることでそういう風景を、風景が変化していくことを少し先の未来の楽しみにしたいんです、と言って東北の海岸べりを歩き回っていた10年前。ほら、10年経つとこうなるんだよって、あの時はまだ目の前で見せられなかったので、多くの人にはわかってもらえなかったかもしれません。
まだ目に見えない未来の風景を心根で想像して、面白がって一緒にやってくれたおっちゃんたちがいる島の景色は、いまこんな感じです。たとえふだんは遠く離れて暮らしていても、ひとたびその土地に身を置けば、木が育ってきた時間の分だけ、それまでお互いの身にあったことを存分に語り合えるような間柄に。縁を紡ぐとはこういうことだなぁと、10年経っておもいます 。