新たなプロジェクト立ち上げについて

2011年3月11日、東北地方を襲った東日本大震災は多くのモノコトを奪った。そして、一年以上が過ぎ、あの災害が生み出した新しいモノコトもまたあることも感じている。それは説明の必要もないくらいに、現地の人、日本中の人間が気づいていることではないだろうか。

僕はあの震災で考えた。沢山の仲間がそうであったように、僕もまた何ができるかだけではなく、僕自身一個人の人生においてこの出来事をどう解釈して咀嚼して飲み込めば良いのか。もちろんそれは今もフェーズを変えながら、僕の中を転がり続けているのだが。

ひとつ。失い、流されたものは「紡いできた物語」だ。じゃあどうやってそれを越えていこうか。みんなが持つ「物語」を集め、編み、新たな物語を生み出すことがどうやったらできるだろうか?

その問いへの答えが樹木を使うことだった。とりわけ「桜」を。日本の地にあれば、一年に一

度は「物語のスイッチ」として機能してくれる樹木。フィルムのように個々の物語を焼き付けて未来へ残して行ってくれる樹木。

物語と物語が出会う場所に桜をアンテナを立てるかのように植えていく。やがてその木が大きく育つ頃、その下に広がっている「物語」は時空を越えて世界に発信されているにちがいない。土地の人達の物語と共に。そんな着想から一年以上があっという間に過ぎた。振り返ってみると、年代性別を超えた仲間が増え、出会った物語の数と、紡がれている新たな物語の数が、僕の目の前に輝いている。三陸を幾度旅したことだろうか。いや、これからも幾度旅することになるのだろうか。大きな期待感と責任感とともに、目に浮かぶその土地の仲間とのこれからの時間が待ち遠しくてならない。

大きなものを失った三陸の地に生きる彼らが、「忘れて欲しくない」と時に口々に呟くそれは、きっと自らの存在を忘れて欲しくないということではない。おそらくそれは、「私たちは大きなものを無くしたんだ、でも、その後にも少しずつ、出会い得たものもあったんだ。新たにできたあんた達との関係性よどうかまた消えることなどしないでいてくれ。仲間よいつまでも友人でいてくれ」という声だと思う。僕には彼らの「忘れないでほしい」がそんな意味の声にきこえてくる。

3・11以後、かの地を訪れた人のほとんどが、自分にとってのホームタウンや故郷にも似たような気持ちになった人は少なくないんじゃないだろうか。きっと、そんな人達も、「この声」を聴いたのではないだろうか。仲間が増え、関係性が増え、想いのバリエーションも増えた、それらもまさに新たに生まれた「物語」だと思う。

この「物語」の存在に、より敏感になっていくこれからの社会であったなら。きっと、もっとクリエイティビティーはあふれ、イマジネーションは高まり、言語発信能力も向上し、対話能力は鍛えられ、何より感受性そのものが練り上げられた先の未来はもう少し豊かになっているんじゃないだろうか。

そんなことを今感じている。

3・11が奪ったモノコト、しかし今からは、3・11が生んだモノコトの意義を捉えていかなければならない。それは同時に、3・11を風化させずに解釈の速度をあげることでもある。

僕ら以外にも、あらゆるジャンルであらゆるプロジェクトが立ち上がり、その多くは今も進行中であり、今後も一層発展していくと信じている。

しかし、そのためには、この3・11から生まれたモノコトを、日本いや世界中のソーシャルプロブレムに対するひとつのソリューションとして発展させていくことでこそ、あらゆるプロジェクトは本物になると考えている。

つまり、3・11以後に立ち上がったアクションやプロジェクトは、日本・世界への応用と適応をなし得て初めて、3・11を単なる災害で終わらせないための未来への叡智となるはずだと確信している。

そのために僕らも進まなければいけない。

いずれ起こるべき災害や、立ちはだかってくるだろう社会問題や現象、さらには地球温暖化などの環境変異やエネルギー危機など、文明を維持しながら人が生きる術を模索する未来へ、その為に僕らは3・11から得たあらゆる叡智と物語を繋ぐ必要がある。そう強く思う。

僕らが担う、「物語」からのアプローチもその一助になるように、プロジェクトの仲間一同進んでまいります。

人が生きている限り「物語」は存在するということが実感を伴ってよくわかりました。ならばこそ、三陸から始まったこのプロジェクトモデルは日本や世界のあらゆる土地と人の生きる場所に作用し意義を生むことが出来るはずです。

衰退する未来への不可抗力などこれっぽっちも信じること無く、来るべき未来への一筋の責任と希望を「物語」と「桜」で繋げるようになったらいい、そんなふうに考えています。

夢追い人とは言わず、リアリストとして、その範囲を日本全土と世界も含めて、あらためて『桜onプロジェクト』を立ち上げることにします。

桜onの後に続くのは、地名、県名、国名だけでなく、商店名、会社名、組織名、であってもかまいません。でもまずは、個人の名であったり家族の名前であったりしてほしいです。

3・11をきかっけに、その物語を絶やさず、得たものを無駄にせず、そして長く300年を越えてプロジェクトを繋ぐための、未来の日本と世界へ対しての僕らの挑戦でもあります。

これからも引き続き、『桜onプロジェクト』へ何卒ご声援ご支援のほどよろしくお願い申し上げます。

桜onプロジェクト 代表 田中 孝幸